人的資本経営とは?注目される背景や具体的な取組も紹介

現在、人手不足や働き方改革、リモートワーク、価値観の変化、多様性など、ビジネスを取り巻く環境がめまぐるしく変化しています。
その変化は、従来の経営戦略は対応ができなくなっているほど激しいものです。そこで新しい経営戦略が注目を集めているのをご存知でしょうか。

それが「人的資本経営」です。人的資本経営とは、人材を資本としてとらえ、戦略的な投資をすることで価値を引き出し、時代の変化に対応できる企業としての価値を高めるための経営戦略です。

本コラムでは、人的資本経営の概要や注目されている背景を説明します。併せて具体的な施策案をご紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。

このコラムを読んで分かること

  • 人的資本経営の意味や従来型の人的資源の違い
  • 人的資本経営が加速している理由と求められていること
  • 人的資本経営を実現するための具体的な施策案

【目次】

  • 人的資本経営とは
  • 人的資本経営が注目されている背景
  • 具体的な人的資本経営の取組み方
  • まとめ

人的資本経営とは

人的資本経営とは、「 人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値の向上につなげる経営のあり方」であると、経済産業省のホームページで紹介されています。
ここでは人的資本経営の意味と、類似する人的資源との違いについて説明します。

人的資本経営の意味

人的資本経営とは、人材を資本と捉えて教育や育成などの投資を行い、人材(資本)としての価値を高め、企業の成長につなげる経営戦略のことです。
今までは、人材を労働力と捉えて、足りていないところに注ぐという経営戦略が中心でした。

例えば飲食店の場合、ホールスタッフに3人、厨房に4人配置する構成がベストだとすると、スタッフが1人辞めた場合、求人でまた新たに1人雇うという形になります。しかし、昨今の課題である慢性的な人手不足で求人に応募がない可能性も考えられます。またスタッフが減ったことによって業務の負担が増え、労働環境が悪化する可能性もあります。そのような状態が続けば、さらに退職者が増え、いずれ経営が立ち行かなくなるでしょう。

一方で、人的資本経営では、人材の教育や育成に投資します。
スタッフの1人にIT関連の知識を教育し、その1人が知識を活かして店舗のDX化を進めセルフレジや配膳ロボットの導入、メニューの見直しなどを行ったとすれば、仮にスタッフの人数が減少しても売上の維持や成長が見込めます。また、業務の負担も軽くなり、新メニュー開発など新たな価値の創出や労働環境の改善も図れるでしょう。

上記は単純な例ではありますが、つまり人的資本経営とは、人材こそが企業にとっての資本であると捉えて、教育や育成などの投資を行い、人材(資本)の能力(価値)を最大限に活かし、中長期的な企業価値の向上につなげていく経営戦略です。

人的資本と人的資源の違い

人的資本と人的資源は、人材を投資対象とするのか、消費対象とするのかに違いがあります。

マルクス経済学では、資本を「余剰価値を生むことで価値が自己増殖する運動体」と定義としており、資本が主体として再生産を繰り返すことで社会を維持、成長させるとしています。
つまり人的資本とは、人材が主体となり余剰価値を生み出し企業を成長させていくことです。人的資本に教育や技術育成の投資を行うと、人的資本の価値が高まり、さらなる余剰価値が期待できます。

対して人的資源とは、人間の生活や産業のために利用可能なもので、原材料となるものです。
資源は有限であることが多く、資源の分配では対立や問題が起こり得ます。つまり人的資源とは、産業のために必要とされるもので、生産活動にあわせて増強したり、削減したりできるもののことです。有限であるため、他社と競合することが多く、また高度な技術や能力を持つ人材を獲得するためには相応のコストもかかります。

人的資本経営では、教育や育成の投資により、さらなる価値を生み出していますが、人的資源経営の考え方では、有限の人的資材を消費することで価値を生み出しているという違いがあります。

人口が増加していた高度成長期の日本では、人材を投入することで生産性を高める、人的資源経営が合っていました。しかし、少子化や高齢化の問題を抱える現在の社会では、人材不足や労働期間の長期化の観点から、人的資本経営が求められています。

人的資本経営が注目されている背景

企業を取り巻く環境が急速に変化するなかで持続的に成長するには、人を資本と捉え最大限に活用していくことが必要になることから、人的資本経営は注目を集めています。
ここでは、人的資本経営がなぜ急速に加速しているのか、求められていることはなにかについて説明していきます。

人的資本経営は、なぜ2022年になって急激に加速しているのか

人的資本経営が2022年になって急速に加速している背景には、大きく2つの要素があります。

・2020年9月に経済産業省から「人材版伊藤レポート2.0」が公表
・2022年6月に内閣官房から「人的資本可視化指針」が発表

1つ目の「人材版伊藤レポート」とは、持続的な企業価値向上のために、人材戦略を策定し実行する経営陣や取締役にとって指針となるものです。
「人材版伊藤レポート」の内容では、企業の優位性を支えイノベーションを生み出す原動力は「人」であり、人的資本の向上が重要とし、これまでの人的資源の管理から、人的資本に投資して価値の創造をしていく考えに転換する必要があるとされています。

2つ目の「人的資本可視化指針」とは、人的資本に関する資本市場への情報開示のあり方に焦点を当て、基準やガイドラインの方向性を整理したものです。
人的資本を可視化するための、具体的な開示項目の例が記載されています。人的資本を可視化すると、経営者、投資家、従業員など企業に関係する人同士の相互理解を深めることにつながると期待されています。

2023年以降には(23年3月期の有価証券報告書から)人的資本の一部(男女間の給料格差や女性管理職比率など)を、有価証券報告書へ記載することが義務付けられます。情報を開示するために社内データを集めたり、人的資本経営のための戦略を作成したりする必要があるでしょう。

これらの理由もあり、2022年になってから人的資本経営への取組が加速しているのです。

人的資本経営で求められていること

人的資本経営で求められていることは、人材が企業の価値を創造すると位置づけ、戦略的に「人への投資」によって人材価値を最大限に引き出し、企業成長につなげていく経営戦略です。

今まではコストと捉えられていた人材を資本と捉え、投資対象として人材戦略と経営戦略を連動させることが求められています。

具体的な人的資本経営の取組み方

人的資本経営を推進するには、具体的にどのような方法やステップで取組めばよいのでしょうか。ここでは、「人材版伊藤レポート2.0」を参考に説明します。

1.人材ポートフォリオの策定と運用

経営戦略の実現には、必要な人材の質と量の充足が必要不可欠です。そのため経営戦略の実現に向けて必要な人材の要件を定義し、人材の採用や配置、育成を戦略的に進める必要があります。

まずは現状と、中期的な戦略の実現に必要となる人材の質と量のギャップを明確にしたうえで、人材ポートフォリオを策定し運用していきましょう。
人材ポートフォリオを策定するためには、人事部だけに任せず現場に近い部門の意見も必要になります。また、一度策定したポートフォリオでも事業環境が変化した場合は、再度、経営戦略とのギャップが発生していないかを確認しましょう。

人材ポートフォリオの策定や運用の具体的な案を紹介します。

  • 人材ポートフォリオのギャップに基づき、社内の再配置と外部から人材を獲得
  • 人材確保のための多様な雇用形態の活用
  • 社員が社外で有効な経験を積んで自社に戻るアルムナイネットワーク(※1)の活用
  • 通年採用の導入や多様な入社月の設定
  • 博士人材などの専門人材の積極採用
  • ※1:アルムナイネットワーク…離職者や退職者で形成されるコミュニティ

経営戦略を実現できるよう必要となる人材を明確にして、必要に応じて人材の採用や再配置、育成を戦略的に行いましょう。

2.人材の多様化に取組む

中長期的な企業価値向上のためには、イノベーションを生み出すことが重要です。その原動力になるのは、多様な個人の掛け合わせです。そのため、専門性や経験、感性、価値観といった知識や経験の多様化に取組む必要があります。多様な人材の獲得に加え、社員の多様な能力が発揮できる環境を整えることも重要です。

人材の多様化への取組を紹介します。

  • 女性の管理職比率を高める
  • 多様な知識、経験を保有するキャリア採用
  • 経営陣自身も多様な知識を得て、経験を積む
  • 課長やマネージャーのマネジメント方針の共有

人材の多様化に取組み、イノベーションが生まれる環境を整えましょう。

3.従業員の意欲向上施策

経営戦略の実現に向けて社員が能力を十分に発揮するためには、社員がやりがいを感じ、主体的に業務に取組める環境を整備することが重要です。

従業員の意欲向上のためには、まず現状のレベルを把握することが必要になります。意欲向上に関する項目を整理し、社員に面談を行い、現状を分析しましょう。現状を分析した上で、組織としてどのように対処すべきか議論して意欲向上のための施策をまとめます。

【意欲向上の施策案】

  • 各社員の意欲レベルに応じた適切な配置をするために、保有スキルや過去の経験と成果を整理し、常に活用可能な状態にする
  • 意欲低下している社員のキャリア志向を深堀りし、再配属を検討
  • 社内ポジションを公募制にして自主的に挑戦できる機会を提供
  • 副業や兼業などの多様な働き方の推進
  • 社員の健康状態を把握し、法的に義務付けられている配慮を上回るケアを提供

社員一人ひとりの価値観や働く目的が違うため、画一的な施策ではなく、面談などの対話を通じて個々に施策を講じることが、意欲向上につながるでしょう。

4.時間や場所にとらわれない働き方を推進する

事業継続の観点から、時間や場所にとらわれない働き方を推進する必要性が高まっています。働き方が多様化するなかで、マネジメントの在り方や業務プロセスの見直しも必要になります。

リモートワークを推進するとともに、オフィスに集まって仕事を進めることの意義や有効性を再考し、リモートワークとの最適な組み合わせを実現しましょう。

時間や場所にとらわれない働き方を推進するための案を紹介します。

  • リモートワークを可能にするために、コミュニケーションツールの導入を進める
  • 社内処理や決裁の簡素化などデジタル化を推進し、オフィスに出社しなくても完了できるようにする
  • 自宅での勤務が困難な社員に向けて、サテライトオフィスやシェアリングスペースを提供する
  • 地域との関係性構築やイノベーション創出を促すために、ワーケーションを活用する

コロナ禍を契機にリモートワークが急速に普及しましたが、時間や場所にとらわれない働き方を推進していくには、マネジメントの在り方や業務プロセスの見直しなど課題が多くあります。またリモートワークでは必然的にコミュニケーションの機会が減少するため、社員同士が対話できる場を設けるなどして、コミュニケーションの機会を意識的に設ける施策も重要になるでしょう。

まとめ

人的資本経営への取組は、人材を資本と捉え、教育や育成、労働環境の整備などの投資を行うことで資本価値を高め、成長を促し持続可能な企業にしていくことが目的です。

最後に本コラムのポイントをまとめます。

<このコラムのPOINT>

  • 人的資本経営は、人材を資本と捉えその価値を最大限引き出すことで企業成長につなげる経営のこと
  • 人的資本経営は「人材版伊藤レポート2.0」や「人的資本可視化指針」が発表されてから加速している
  • 人的資本経営では、人材戦略と経営戦略を連動させることが求められている

変化の激しい時代において企業を持続させるには、多様な働き方ができる人的資本経営が有効になるでしょう。一朝一夕での実現は難しいものですが、ぜひ取組めることから動き出してみてはいかがでしょうか。

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